女王蜂



部屋に入ると、与えられた服ではなく“いつも”の服装。
バツが悪そうに眉を歪めて、小さく舌打ち。
「またか、チップ!お前は“頭(かしら)”なのだぞ。調査は部下に任せて」
「どうせ、俺が納得しネーと“仕事”はしねぇんだ。こっちの方が手っ取り早いだろ!」

素早く窓を開けると飛び出していく。
窓際に近付いた時には、既に塀を飛び越え2つ屋根の向こう。


「く・・・・くく・・」
ため息を付きながら窓を閉める後ろから、含んだ笑い声。
「・・・そこは“頭”のイスだぞ、梅喧?」
「この屋敷で一番高級なイスを使わず置いておくなんて、効率が悪ぃ。イスも使われて感謝してんじゃないかい?」

なぜ床に座るのだろう?木箱を机にするし、鼈甲(べっこう)の万年筆より自作の筆を使う。
それなりに幹部らしくなるように用意した物が全部新品のままだ。

黒檀の机に脱ぎ捨てられた服をヴェノムはため息混じりで皺にならないようにたたみ直す。

「なぜ止めない?」
「言った所で止まるかよ。アレは働き蜂みたいに飛び回るのが性に合ってんだよ。」
地位でいえば女王蜂であるはずのトップが巣に居ないなどと・・・
考えただけでも逸脱している。
で、本来働き蜂であるはずの梅喧は寝るにも十分なビロードが張られた長イスに頬杖付きながら美味そうに蜜、否。酒を口に運んでいる。

「今夜は“仕事”がある。泥酔するなよ?」


“仕事”・・・法で裁けぬ怨恨などを、変わって晴らす。
“頭”のチップの判断で、世間的に、物理的に、生物的に、生命的に仕留める方法は変わるが、それでも法外な仕置き。証拠一つ残せばこちらが危うい。

完璧でなければいけない。

酒が趣味だと言うだけあって、見るごとに梅喧は飲酒している。自身で購入しているのだ。咎める道理はないが、それらは
“仕事”で得た報酬からだ。酒のせいで“仕事”が失敗するのは、本末転倒。


「泥酔なんて出来ねえよ。チップを待たねぇといけないからね。」
「・・・“あの男”か?」
「ああ。ホントにアイツは隠密だよ。俺が長年掛けてたのが馬鹿みてぇに次から次へと情報持ってきては真否まで確かめてきやがる。自分も復讐やってたから、俺に言葉だけじゃない“真実”を見せて、納得させようとしてんだろうねぇ。」


そう・・・私にも見せてくれた。
ザトー様の墓。ミリアが丁重に埋葬した事、“影”の願いも。
盲目的に追いかけていたその答えの全てを、チップはいとも簡単に手渡してくれた。



「・・・いい顔になってきたじゃないか?」

散らかった部屋を片付けだしたヴェノムが、まじまじと梅喧の至極幸せそうな顔を見る。
それは決して酒の為でも便りに待ち焦がれてるものとも違う。

「前は陰気臭かったが、今はガキの世話が楽しい保父さんみてぇだ。」
「お前こそ、殺意に満ちていたのが嘘のようだ。」
「しゃあねぇ。アレと話してたらどんな冗談より笑える。日本にどんな幻想抱いてんだか。」


まさか、この二人で談笑できる日が来るなどと思ってもみなかった。
『変わった』自分たちを、『前に進めた』自分を自覚する。

それを与えたのはあの無鉄砲な女王蜂。


「アレが大統領になったら国は滅びるか楽園になるか両極端だろうねぇ。」
「まだ大統領になるつもりか・・・」
「ああ。漢字覚えて日本の大統領になるんだとさ。」
「クッ・・・無理だと教えてやらんのか?」
日本コロニーは国連の保護下にある。今は首相さえも存在しない。
「なっとけ、なっとけ。どうせ滅んでんだ。アレぐらい破天荒が丁度いい。」


ふと取った紙に手書きの見取り図。今しがた持ってきた資料と大体合っていて感服する。
「偉いのか馬鹿なのか分からん子だ。」
「ソイツの言葉に乗っちまったんだ。俺らも同等。馬鹿で結構。血なまぐさい事してるのは変わりネーが、今が一番楽しい。」

“楽しい”
そんな普通の事さえ忘れていた、することを拒否した自分たちに、それを、それ以上を教えてくれた男。いや子か?



「・・・・帰ってきたら教えろ。少し灸を据えんといかん。」
「“頭”にお仕置かい・・・ま、世界を変えるにはいいかもな。」



#####
AC+の必殺仕事人EDも嫌いじゃありません。枠に囚われない子の面倒は大変だろうなと。でもそれのおかげで気が紛れると言うか。ヴェノチプも大丈夫なんですがどこのに需要があるのかと…まあ、そんなもの関係なく好き勝手やってますが。