特効薬
「なあ?」
チップだ。やっと名から思い出せたが、数段階置いて振り返った。
「薬くれネーか?出来たら同(おんな)じヤツ?」
空中都市ツェップの最重要秘密施設への廊下に、空になった薬の包みをペラペラさせて、普通に立っていた。
その腕を持ち、引っ張っていく。
「痛ぇ」や「離せ」と聞こえるが無視して。
文句は言いつつ、抵抗する事もなく、幸い的に兵の誰にも会わず、引き連れる事が出来た。
着いた場所は自分の・ポチョムキンの部屋。
「・・・・なあ?」
「お前は侵入者なのだぞ?!」
悪びれた様子もなく、空の包みを目の前で振る。
「それなりにエラいさんなんだろ?横流ししてくれよ。これより強いモンでもいい。」
今まで感じた事のない頭の痛さ・・・
それを投げやりにかっぱらった。
「分かった。交渉してきてやろう。しかし、その代わりココで待っていろ。決して出るんじゃない。」
きょろりと部屋を見回して、唯一の窓を瞬き3つほど見つめて。
“Yes”と指一本立てて笑った。
いぶかしみされながら、同じ薬を貰った。
権力で口止めもしてきた。
『あまりお勧めできない薬ですよ?』と本気で心配された。
中毒も後遺症もないが、弾丸で脳を打ち抜いたぐらい、いきなり混沌に落ちるほどの強力な睡眠薬。そう比喩もされた。
拳が解けぬ様に、それでも中に隠した包剤を壊さぬ様に、大きく胸に呼吸を込めて。激昂する気で。
外側から認証番号入力でロックした自室に入った。
猫。
猫がいた。
自分の体のサイズに合う様に入れられたキングサイズのベッドの真ん中で、丸まった小さな白銀の猫。
怒号も上げられず、時間的に電子ドアはガシャリと閉まり、何重にもロックした音が背後で聞こえた。
残っていた薬を飲んだのかとも思ったが、近づいたポチョムキンの気配に薄く瞳を開けた。
「いい。寝ていろ。」
頭をなぜると、口元に微笑を見せ、再び寝息を立て出した。
鋼鉄製の特注の椅子に腰掛け、その様子を見る。
何故か、いつも彼をじっと見ている事が多いような気がする。
端麗な顔立ち。
沈黙がいい。
病的にも見える白い肌。
結構滑らかで。
瞬発力の為の筋肉。
よく鍛えている。
意外とほっそりとした足。
・・・・・
・・・
「・・・!!」
危うく、大きく音をさせて驚きに叫びそうになった。
脱出路まで確認したのに、敵地で靴まで脱いで、密室の自分のベッドで寝ている。
信用されてるのか・・・?それとも・・・?
触ろうとした手を握って、制止させた。
わざわざ睡眠薬を貰わなければいけない・・・
なら、今は寝かせてやろう。
「んあ?」
事情がつかめず、まずは涎を拭いた。
むっくりと起き上がり、周りを見回す前に、隣のデカい奴で思い出した。
「ったく。襲えよ。そこまでしねーでも隣で寝るとかのサービスしやがれってんだ。」
椅子に座り、しかめっ面のまま腕を組んでソイツも寝ている。
嘘寝のつもりがまさか本寝まで出来るとは思わなかった。
薬もなしに・・・
「なあ!!」
太ももに思いっ切り、蹴りを入れた。
睡眠からいきなり、自室で戦闘態勢になる滑稽な大男を、眉一つ動かさず観覧して。
「腹減ってんだ」
視線が合ってから切り出した。
「あ・・・ああ・・・・食事を用意しよう・・・」
タンと片手を付いて、跳び上がると器用に空中で体を返し、後ろから足で首を絞めるようにして、ポチョムキンの上に乗った。
「No。飯じゃねぇ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「用意はしてくれねーの?」
「・・・・こんな男のどこが良いんだ・・・」
素直な疑問。
「知らネ。」
正直な回答。
「なあ?」
頭痛がする。
「・・・今度・・・だ・・・今度来た時だ。」
「really?じゃあ、明日」
「早い。」
「いつだよ?!」
意外と早い動きで、ガシリと頭の上に置かれた両腕を掴まれ、ベッドへ叩き落とされた。
「では、今だ。」
「・・・へ?あ・・・・・・・・うん。」
目を伏せたチップに耐え切れず、跳ね返っている髪を手荒に混ぜた。
「恐れるな。嘘だ。」
「んだよ!意気地なしが。」
きゅっとチップが首元にしがみついた。
反撃かと思ったが、それ以上の動きはなかった。
訳は分からぬが、優しく抱きとめ頭を撫ぜた。
「Oh。薬は?」
「ん?ああ。貰ってきた。しかし、あまり」
「Thank you。知ってんよ。ただの“オマモリ”だ。」
渡された薬包に軽くキスをする。
「じゃあ、帰るわ。今度に御礼参りも兼ねてくるから、覚悟しとけよ。」
色々突っ込みどころがあるが、早い動きでチップは既に窓の縁に手をかけていた。
「部屋はずっとココか?」
「ああ。鍵は掛けずにおいといてやろう。」
ヒラリと手を上げて。
「bye。」
自分が手を上げた時には、影は消えていた。
侵入者を招き入れ、送り出すだけでなく、引き入れる手引きまでとは・・・
カサリと、袋に入った同じ薬包を出す。
一つだけ残された薬は当に使用期限は切れているが、大切な宝物。
それにもキスをした。
「師匠と全然違うんだけどな・・・」
新しい薬はもう少し手を付けなくて良さそうだ。
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薬物耐性が低いとしたのに「大切な物・睡眠薬」に本気噴きして、屁理屈こいて書いた里返し物。一応、飛高→秘め事→これと続いてます。まあ別にどうでもいい。タイトル一番最後に決めるんですが、いつもながらセンスないねえ・・・