色彩



向かってくる羽音に、腕を上げると、そこにゆっくりと“彼女”がとまる。
その目を通して、見てきたビジョンが、頭の奥でリンクして、像を伝える。

普通の人間なら、排除できただろうが、帰ってくる判断を咄嗟にしたサキュバスの正しい判断に、頭をなぜると、ゆるりと立ち上がる。



雰囲気が悪い。
ワザとらしく配置された瘴気。それでも本当の死線を知っている者にとっては、その気配は『不気味』ではなく『神秘的』にも思う。

「何をしに来た?」
人の気配に敏感なチップでも、さすがに神出鬼没なテスタメンントの出現は予期できず、慌てて、聞こえた声から遠くへ跳び退いた。

「帰れ。去らぬなら容赦はせんぞ。」
「待ってくれ!アンタを探してたんだ!」
「用はない。」

大鎌を投げつける。この男ならどうにも出来る威嚇だったのに、避けも斬り返しても来なかった。
背を丸めしゃがみこんだ。攻撃を喰らう覚悟。
指をグッと握りこみ、刃の軌道を変えると、直撃はしなかったものの肩口を裂いた。
鎌を手に戻し、構えるが、相手は体を丸めたまま止まっている。

「・・・何のマネだ?」
「頼みがあって来た。」
「頼み?」

まとも話したこともないのに、頼みとは。
図々しいのにも程がある。

斬り付けて来ない事を、確認し、ゆっくりと立ち上がり、白銀の男は正面を向く。
そして、腕の中から大切に持っていた物を目の前に掲げる。
透明の袋に入った朱色の魚二匹。

「コレを此処に、住ましてやってくれないか?」

此処を護る者への頼み。
この場所が私にとって大切な場所である事をこの男は理解してくれている。

男は先に話し出す。
「色んな所考えけど、此処が、一番コイツラにはいいと思たんだ。世話してくれとか守ってくれと言わない。ただ、広い所で自由に
泳がせてやりたいんだ。」

木の葉ほどの小さな魚の為に、斬り付けられる事も恐れず、こんな所に来たのか。

「此処は大きな魚もいる。野鳥も来る。よく分からぬ生物もいる。そんな目立つ魚すぐ食われるぞ。」
「構わない。この中で死ぬぐらいなら、そっちの方がいい。」

そうやってこの男も、聖戦後の混乱した世界の中、生きてきたのだろう。
負けたというべきか。

「好きにしろ。」
「ありがとう。」

笑った。
人に笑顔で感謝など何時以来か。


しゃがみこむと、袋ごと水に沈め、巾着状になっていた口を開ける
やはり目立つ赤は、逃げるように並んで素早く泳いで行く。

「・・・ドコから持ってきたのだ?元いた所に返さず、わざわざ、こんな所に持ってくるには訳があるのだろう?」
「貰ったんだ。昔の日本から持ってきたって言ってた。“キンギョ”っていうヤツらしい。」

少し脳を回した。
そして嫌いな顔を思い出す。
時の概念を覆し、途絶えたはずの斉藤流古武術を使う男。

「悪かった。今度は、出来るだけ此処には近付かないから。」
様子を見に来たいと宣言しているものだ。
「気をつける事だな。」
容認の返事と取ってか、もう一度笑った。


ひらりと手を上げると、上に跳ね上がり、そのまま樹を蹴って、森の外へといつもの素早さで姿を消す。




何も変わらない日々。それが平穏だと思っていた。
不意に目の端に見えた色。毎日見れる訳ではないそれが、楽しみになったのは何時の頃からか。




日本壊滅時に絶滅したはずの「金魚」は、今も静かに守人の傍でユラリと尾を揺らす。



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金魚というか和金。対になる話ですが、「テスタのステージの水辺に金魚泳がしたい」と、こっちの方が先。で、誰がくれるのかで、多分日本を知ってるアクセルになった。闇慈でない理由は袋入れてウロウロしてたら金魚死ぬから。この結果・未来を知ってる方にした。