四輪
「よほぅ〜、旦那、おひさ〜」
いつものアクセルの軽口を無視して、二人して怒号を上げそうだった。
が、
ソルは、俯き眉間に深い深い皺と歯をギリリと鳴らす沈黙。
闇慈は、頬の筋肉が痙攣で歪んだ不恰好な顔を袖みたいな物で隠す。
そんな動作で個人個人勝手に、耐え忍んだ。
それほど。
そんな動きにさえ、情緒の激しい『愛しの君』は直ぐに色を変え、怒り狂う。
特に今は。勝ち逃げしている二人にリベンジを誓う視線は、まさに牙を剥く寸前。
『それ』・・・・・・・が・・・・・・・だ。
少し高くなった台に大きく足を広げて腰掛けているアクセルの前で。
『チップ』はぺたりと地に座り込んで、その肩を腕置き場として提供し、大人しくしている。
『愛しの君』が。他の男の。無防備に。股の間。腕の中。に、居る。
貴様はどう出来る?どうする?耐えるしかないだろう。
店が通した六人席に、片方に筋肉質が並んで。対にはニコニコ笑う金髪と目さえ合わさない銀髪。
沈黙の三人を余所目に、金髪はウエイターのお兄ちゃんに、奢りもあって無遠慮に、スピードメニューを全品一皿ずつと、
名前が美味しそうな物を適当に頼む。
そして最後に、飲み物を聞かれ、アクセルはそれぞれに問う。
ソルの「生」という低い声にあやかって、闇慈も「俺も」と、アクセルが「じゃあ、3つ」と嬉しそうに笑い、隣のチップに目を向ける。
即効で顔を背けるそれは、忍者の早業。
「リョクチャって日本茶の一種だよねぇ?それ、あるけど飲む?」
ハラハラする筋肉共の心配を他所に、無造作に聞く金髪。
決して前を向かないチップは、壁を見ながらコクリと頷く。
どうやら、食事の席にはいてくれるらしい。
「ん、じゃあ、お願い〜。良い所、見繕ってきてぇ〜ん。」
「ホイ、カンパイ〜」
テーブルの中心上部でジョッキが鈍い硬質音を奏でる。
アクセルに促され、渋々上げたチップのコップに“コッ”と遠慮がちに二つと一つの硬質の音がする。
手元に引いた時には、同じ席の者達は急所である喉を見せそれを一気に煽っている。
殺されてぇのか?と苛立ったが、手にあるを日本茶を少し口内に含むと、久しい味。
ちらりと、これを頼んでくれたアクセルを見ると、一番無防備で、どうしようかと思う。
「でだ。」
「そうよ。」
声を出した目の前の二人に目を向けると、視線はアクセルの方に向いていて、安心してもう一口を飲む。
『何故チップがここにいる』
口調もアクセントも単語さえ違うが、二人の問いは自分と同じだった。
カラリと氷が揺らぐグラスを置き、紅い目も人懐っこそうな笑顔の横顔を見つめる。
「見つけたから確保したんだよ。スペシャルゲスト。」
ネー?と同意を求めてきたが、慌てて視線を外す。
いつもの修行場に戻る為の通り道、なんとなく人を避けながら歩いていたら、覚えのある声に呼び止められて振り返ったら、
名前を思い出す前に奢り飯があるから付いておいでと、少し強引に手を引かれ、待たされて、気に入らないヤツ等が来て、
店に連れ込まれ、今に至る。
『確保』という言葉はまさしく正しい。
それ以上は運ばれてきた料理で話題が変わり、追求は止まった。
話してるのは主にアクセル。相槌を打ち、返すは闇慈。振られると返事するソル。一声も発しないチップ。
遠慮というより警戒して箸をのばさないチップの取り皿にアクセルは適当に料理を入れていく。それ毎にピクリと3人が反応するが、やってる本人はそのまま話続ける。
機嫌をそこまで損ねていない様で、チップは入れられれば仕方なく食べている。
色々と珍しい光景に、二人は気付かれない様、観察しながら酒を煽る。
その誤魔化しに、アクセルの話を聞く。
箸をそろえて置くと、食べ始めと同じ様、静かにチップは両手を合わせた。
カタリと小さな音をさせてから椅子をずらすと、ゆっくり立ち上がる。
「ん〜もう行っちゃうの?デザート食べて行っても良いヨ?」
「御馳走様」
睨む様に、どちらが奢り人かは知らぬが、やっと視線を送る。
聞こえぬほどの舌打ち動作をして、今度は箸を食わえたままのアクセル見下ろす。
「アリガトウ。」
ぱちぱちと瞬きをしてから隣のは理解してか、カタカタと通れる様に椅子を前進させる。
「ウン、またネ。前言ってたお菓子見付けたら買っておくからネ?」
コクリと頷いた後、抑えていた闘争心の鋭くキツい閃光で筋肉二人を睨みつけた。
それを伏せると、無防備に密着する後ろを通り際、ポンとアクセルの肩に手を置いた。
彼なりに別れの挨拶だったらしい。「じゃぁ〜ねぇ〜。」とアクセルはヒラヒラと手を振る。
振り返る事をしないチップは、ゆるりと澱みなく歩いて店を出て行った。
瞬時に緊張が解かれる。
いや、別の威圧が来た。
「アアン、旦那。視線が痛いワン。」
「うるせぇ!言え、言いやがれ!全部!そう、全部だ!!」
テーブルをパシパシ叩いて闇慈も抗議の声を上げる。
「アンタが旦那探しに行ってくれてる時に、偶然見つけたのは本当だよぉ?」
グッとジョッキの半分程を胃に収める。
茶も氷も綺麗になくなったグラス。主がいたその場所を見つめてにんまり笑う。
「二人とも好きだろ?あの子の事。だから特別ゲ」
『違う』
二つの声が重なる。
「ふぇ?」
「あれを、どう手懐けたんよ!?」
「手懐け・・・てぇ・・・ボクちゃんそんな手癖悪くないよ?いつもあんなんジャン?」
「嘘付け!アレはどこでもすぐブチ切れて、斬りかかって来るじゃないか!」
「まあ、そうだけど、武器さえ見せなきゃ結構大人しいーっしょ?」
“十分、手懐けてるじゃないか”と言う心の声が2つ大きく響く。
確かに、今日の3人はそれぞれ荷物の中に武器を入れいて、外からは見えていない。
「凶暴な野良猫ちゃんなのね。やっぱり。」
「爪が鋭いの、なんの。」
「・・・触れもしねぇ・・・」
パプりとアクセルがワザとらしく吹く。
「子猫ちゃんに“よしよし”したいの〜旦那〜?」
呟きへの図星ツッコミに、瞬時に横を向いてしまったソル。二人はニヤニヤと笑う。
二人は“性質の悪いヨッパライ”特有の絡み相手をコッチにしたらしい。
「ダメよん?旦那って、欲望に忠実な時、一番アブナイ顔してんだからぁん?」
「警戒心強い子、イジメちゃあ可哀想でしょ?」
「奢りはなしだ。」
「えぇ〜旦那ひでぇ〜。」
本気でヘソを曲げたらしいく、席を立ったソルの腕をアクセルが慌てて掴む。
「代わりにこんなんの、どう?」
ぐいっと引いて、なにやら耳打ち。添えられた手のせいで、闇慈にはその文字列すら読み取れない。
片眉を上げたまま体制を起こしたソルに、ニコニコと笑うアクセル。
舌打ちをして、ポケットから取り出した金貨をソルは乱暴に机に叩き付けた。
「まいどあり!」
今度は、威迫を持って店を出て行く背中を二人で見送る。
「何?情報料?」
「まあ、そんなトコ。」
「チップの事?」
「御明察。ていうか、本当にあの子と飯とか食ったことないの?」
「アンタはどれだけあるんだと、逆に聞きたいよ。」
無視気味がちにアクセルは陽気に店員を呼び止めると、おかわりを注文する。どう?と聞かれて、同じ物を頼む。
「それなり?かな。“無印”の時、技名だけだけど日本語使ってたの、俺だけだったからサ?」
「その経歴持ってこられるとムカつく。」
そんな製作事情は置いといて。
「ん〜だから、お前さんは“日本”を武器にすりゃあ、懐いてくれるって。」
「・・・炎の旦那にゃどんなアドバイスを?」
「ナイショ〜。今度からの奢りのタネだからネタバらししないの〜」
丁度、運ばれて来た酒に、嬉しそうに笑って口を付ける。
「でも、次見た時、旦那に子猫ちゃん懐いてたらどうする?」
渋顔の闇慈にアクセルは声を上げて笑う。
「一つだけ、教えちゃおっかな・・・?」
この店なら1枚で足りるはずの金貨の小山を指で叩いて。
「金よこせってか?」
「ん〜んにゃ。とりあえず、一気飲みしよっか。」
訳の分からない提案に、それがネタバレする条件と察し、それなりに飲んだ後にやると危険な行為を、二人で、
ぐーと酒を飲み干して。くはーと大きく息を吐き出した。
闇慈の眉間にシワが寄るまで、にまにまと笑って焦らす。
「ここに、お前さんの足止め料も入ってる。」
「!?つまり、追いかけて行ったって事かぁ!!」
「イキナリ手篭めはないとは思うんだけど。ヤろうと思ったら出来るから怖いのよネ、あの旦那。」
勢いよく席を立った闇慈は、飲酒しての危険な行為その2の全力疾走で、慌てて店から出て行った。
既にいない背中にヒラヒラ手を振る。
チップがいつもの道を行っていれば、ソルにも闇慈にも捕まらないだろう。
「ウン。楽しくなってきた。」
ゴチになりました!!、とパシリと両手を合わせる。
「さて、俺も逃げよう。こう言う時だけ“跳べない”から困るのよネェ〜。」
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四輪(しりん)=転輪王の感得する金・銀・銅・鉄の4種の輪宝。4人の繋がりと、髪色が丁度合ってるとか後付理由。
イギリスは食事後両手合わせる…?普通に日本の居酒屋状態なのは趣味。アクチプと思って書き出したら普通にネタ話に。
アクセルのセリフが難波声で再生されて腹が立って、何度止めようかと・・・嫌いじゃないどムカつく(逆恨み)