水の密室



「背中・・・洗ってやろうか?」
水音の間に聞こえた声。
シャワー室には自分と、こんな時間まで一緒に実戦さながらの訓練をしていたチップしかいないのに、目隠しの扉の上に腕を組み、そこからのぞく様子に少し戸惑った。

白銀色の髪が緩やかに肩に掛かっているから・・・

振り返ったのに答えないポチョムキンに、少し首を傾けて
「背中洗ってやるよ。」

再度、同じ様に告げる。
意図はつかめないが、悪意はないようで、ひらりと白い手を差し出してきた。

「・・・・頼む・・・」
自分が待つタオルを渡すと、できるだけ扉の方に近付いた。
無造作に肩から後ろ首、肩甲骨と腰あたりまで腕を伸ばし洗ってくれた。
「Hey。終わり。」
ペしりと肩に泡立ったタオルが置かれる。
「・・・感謝する・・・」

いや感謝などしてない。いまだ戸惑っている。

振り返ってみると、もうそこには姿はなく、歩き出している。
「じゃあ、“お疲れ様。”」
自分が教えた、親しい同僚にかける終業の挨拶をして、シャワー室から出て行った。
なんであったのだろうか?解けぬ疑問を泡と一緒に洗い流した。



「・・・髪も、洗ってやろうか?」
今度はゆっくりと振り向いた。背中の次はそれなのかと。
「いや。大丈夫だ。」
「そう。」
怒った様子も落胆した様子も安心した様子も感じられない。
「好意だけ受け取っておく。先に上がってくれ。」
「ああ。“お疲れ”。」


そんなやり取りも一時はした・・・


感じた事のない感覚。人の指など戦い以外では手でしか感じた事はない。
「痛くないか?」
扉の上から伸ばされた器用に動く手は、むしろ優しく髪を洗う。


わざわざ膝を付き、常体を下げて、ナニをしてもらってるのか・・・
返事がないのを肯定と捉えてか、小刻みに頭皮へ当てられた小さな爪が心地良い。
「ハイ、終わり。足りない所は自分でしろな?」
やはり意図は分からなかった。



それを形容するなら「世話をやく」とでも言うべきか。

二人でシャワー室を使う場合、必ずといって声をかけてきた。だからといって髪と背以外を洗おうとは言い出さない。
断っても食い下がる事もしない。

タイミングが合った時には、湯上りの髪を梳かし、乾かし、結いもした事もある。

食事時には、まだ使ってないスプーンを差し出してきた。
だからといって、必要がなかった訳でなく、新たに自分用にスプーンを取りに行った。

連絡用の通信機をひったくると、乱暴な言葉使いで認証番号を聞き出し、それで連絡が繋がったか確認すると、それを投げてよこした。

そして、それらをする場合、大体無表情で、ただじっと見つめる。
より心情が把握できない。



「何がしたいのだ?」
いつもの様に言い寄ってきたチップに問う。
「え・・・?背中洗う?」
「違う。私にそうしてお前は何を得ているのだ?」

首を傾けたチップの腕を持つと、両開きの扉の内へ引きずり込み、壁へと叩き付けた。
抵抗を見せる様子もなく、少し冷えた体が無防備にたたずんでいる。

「私の背を、髪を洗って、お前は何を望むのだ?」

「・・・・・・・・・・・・あ・・・」

しっとりとした手がポチョムキンのたくましい胸に押し当てられる。

「好きにしてくれていい。」
「は?」
「勘違いさせたんだろ?俺が悪かった。責任は取る。好きにしてくれていい。」
やはり意図が分からない。
自分の手には儚い存在に見える、銀色の髪に触れる。


目を瞑っていたチップがゆっくりと目を開ける。
「・・・なにをしてるんだ・・・?」
「お前の髪を洗っている。」
「もう洗い終わってるケド?」
「お前がいつも何を考えているのか、分かるかと思って・・・な?」

巨体が占拠する囲いの中ではそうするしか手段がなく、ぐいりと胸に寄せる。
湯が泡を流す。
目を強く閉じたチップはなすがまま、その大きな指に髪をすかさせる。

恐る恐る目を開け、泡が落ちきった事を確認すると、一歩引きポチョムキンの顔を見上げた。
「・・・しないのか?」
「何を?」
自分が早とちりの勘違いだと気付くと、チップは恥ずかしげに安心の微笑をした。
「お前は私に何を求めているのだ?」
「・・・・何にも。」

肩に手をかけると体勢を低くするように諭す。
素直に従ったポチョムキンの髪に、両手で泡立てたシャンプーを付けた。


「なんかさ・・・アンタなんでも出来るけどぎこちないていうか、苦手そうに見えて・・・」
戦闘のための筋肉が覆う体は確かに細かい作業は得意ではない。
「代わりに俺がしてもそんなんかな?っていうか、さ・・・」
いつもは手探りの前髪を力強くガシガシと洗う。
「痛くないか?」
「・・・・・・・大丈夫だ・・・」
「ヒドい言葉で言うなら、『観察対象』にしてただけで」

耳の後ろを通り、首筋へ。逆手で後ろ髪を洗い上げる。
「良く考えたら、おかしいよな。」

二人きりで一つの場所に入り、跪いた男に正面からまるで奉仕するように指を髪に絡ませ、泡を流す為に自分の胸に
近寄せて愛情を与えるように撫で付けている。


「でも本気で、何にも考えてなかった。だから勘違いさせたのかと思った。」
「・・・・勘違いではすまさない。」
「え?」

立ち上がると、濡れ落ちた髪を片手で上げ、しっかりとした眼差しを向ける。

「決して同じ事を他の者にはするな。許さない。」
「・・・・あ・・・」

抱きしめられた。



体ならいくらでもくれてやるつもりだった。
でも、違う。



シャワーのせいで瞼が開かない。
「“お疲れ様”だ。今日は自分で背中を洗う。」
「うん・・・」
抱きしめたまま、体を半回転してくれたその胸を突き放すようにして、足早にその場を去った。


『次』も同じ様に彼に触れる事が出来るだろうか?
気付いてしまった、この心を抱えて・・・




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困った事に対極の恋が結構好きな性でポチョチプはAC+より昔から好きだったり…ナンパ(※スカウトです)した責任とって、本能で動く子に振り回されてたら良いと思う。で、後で気づいてワタワタが、自分的好きパターン。