月光




ハタハタと扇であおぐと、酒に写るまん丸の月が揺らぐ。

「風流だね〜」

後一つあれば完璧なのに・・・せめて。そう、せめて酌をしてくれる相手。

「“風流”って日本語かい?」

さすが忍者というべきか。気配もさせず、窓の外にいた。
金色(こんじき)を逆光にした銀髪が軽く風に揺れている。
疾走していたのか血色良く桃色の頬と少し汗ばんだ肌。上下する柔らかな胸。
情緒で。闇慈の口元が緩む。

「完璧・・・・。入って来いよ。いいのがあるぜ。」


「昔の日本の服、振袖だよ。着てみろ。」
「アンタが着た方がいいんじゃないか?」
嫌味ではないらしい。が、少し眉がピクリと上がる。
「女物なんだよ。」

広げて、裏と表、袖の謂れを教える。チップは子供のように、その手触りを、色を、名称を聞く。

「扉の向こうで着替えてきな。洋服とは逆で、襟は右前だ。」

首をかしげた彼女に『本人から見て左側の襟が上に来る事』と合わせて見せる。


絹擦れと、素直に装備や道具まではずしてる音が聞こえる。
「おう、そうだ。下着も脱げよ。」
「Why?!」

「それが正装なの。」
「お前は」

「男はフンドシ。女性の場合ははいてないの。」

少し沈黙。

「梅喧もか・・・?」
「さぁ、ねぇ。怖くて聞けねえよ。」

そりゃそうだろう?

「どうやって留めるんだ?」
「出来たかい?帯は難しいから、オレが結んでやる。手で襟、押さえてこっちに来てごらん。」


向こうから来た顔は少し怒った様な、困った様な、頬を染めて。
ちゃんと下着は脱いだらしい。

軽い素材の帯をサラリと出したそれを見て、バツが悪そうに闇慈の前に行く。

猪口を置くと、片方は口で止め、体に触れないように、腰より少し上で、二度ほど巻き、前で“リボン結び”の様に結ぶ。
襟首を少し引き形を整えて崩れを直した。
オマケに自分の扇子を胸元に差してやる。


押さえていた手を離すと、両腕を伸ばし、クルクル回って不思議そうに自分の姿を見ている。
肩がしっかりしているが、跳ね上がった髪のせいでよく見えるうなじは妙に中々色っぽい。
そんな様子を嬉しそうに見ながら、口には出さず眺める。


「おし、座れ。こう・・・足の下でシワにならない様に綺麗に押さえながら・・・」
闇慈の手振りを見様見真似で、いつもの様に正座をした。
教えを請う時はそうなのだと教わったらしい。

かしこまったその前に座ると、空の猪口を渡す。
「俺、酒は・・・」
「チョットしたマネ事だけさ。昔はな、こんな風に“日本酒”を“酌”をして、信頼深めたり、“無礼講”してたって。
“言葉”だけが日本じゃないだろ?」

少し入れられた酒を見つめてから、ゆっくりと飲んだ。マズイとは言わないが眉間にシワがよっている。

今度は徳利を渡すと、猪口を差し出す。恐る恐るこぼれぬ様に“酌”をする。
「“猪口”ってな、イノシシの口って漢字で書くんだ。」
「イノシシ?」
「“当て字”で別にそれで作ってるとかじゃないが・・・」
話しながらも、飲み干した猪口を出すと、注いでくれる。
「色々な説があって・・・・・・・・




全ての酒が空になった頃。
小さなメガネを外す。
「もう一つ、日本特有の文化、体験してみるか?」
「ん?ああ。頼む。」

嘘かホントか分からぬクセに話に夢中で、そのまま、にっぱり笑い返してきた。

『素直だねぇ。』

しゅるりと闇慈は自分の腰の飾り紐を取る。
「まあ、俺も上手じゃないんだけどね、腕出してみな。」
差し出された腕に、それを独特の手順で巻く。
「“捕縄術(ほじょうじゅつ)”てんだ。どうだ?痛くないけど外れねーだろ?」
「・・・・本当だ・・・」
「ココ引いてみ?」
「?・・・・・・・・?外れた・・・」
「そ。分かる奴には見ただけで分かったり、解けたりする。忍者の“縄抜け”もこれに基づいたりする。」

『忍者』と言われ、興味がより出たらしいチップは疑いもなく『もっと見せてくれ』と願った。

「じゃあ、ちっと近寄ってみ?もう少し詳しく手ほどきしてやろう。」




「よし、成功。どうだ?外れるか?」
「あ?いや、両手両足縛られてるのに、どうやって・・・指も届かねえし・・・」
「そう、それはよかった。」
「?」

ひょいりと抱き上げて、敷かれた布団の上に降ろす。

「酒の相手だけでも良かったんだがね・・・あんまりにも・・・可愛くて・・・ね?」

ぽかんと口を開けて『ナニが?』って顔。

「なんなんだか・・・」

ニブい。散々警戒させるつもりで色々したつもりなのに。分かってなかったとは。
本気で手を引くタイミングをなくしてしまった。

「据え膳喰わねばってね。」

チップの帯をゆっくりと解く。やっと分かり、一気に赤くなる。
「テメー騙したのか!!」
「いーやーいーやーいーやーいーやーいーや。」

うるせぇ。

「生活の中にも文化あり。帯を前にしてるのは、外しやすいように・・・“遊女”が良くやる結び方で」
「shit!本気で外れねー!!」
力任せに拘束を外そうとすると、反対に引っ張られる、歯を使おうとするが位置的に届かない。
ガタガタ暴れるチップをよそに、悠々と闇慈は半身だけの衣を脱ぐ。

「ほら、あんまり暴れない。艶(つや)っぽい姿になってるよ。」
襟元ははだけ、裾は太ももまで上がっている。見える肌は絹のように。

「テメーそれ以上近付いてみろ、かみ殺してやる!」
「お口も縛られたいのかな?俺はかまわないけど・・・さ?大人しくしてたら優しくしてやるぜ?」

閉じる事ができない足の間に座られた。
もぞりと動いたが、太ももは距離を縮めることなく。
そして下着を着けていない事を思い出し、見られているのかもしれないと思うと真っ赤になっていく。

「いい子だね。」



そっと合わせの片方を開ける。衣からも分かるほどビクビク震える。
小ぶりだが形のいい胸が現れた。乳輪も可愛いサイズだ。
もう片方を広げると、真っ白な、男の欲情の元になりそうなほどの裸体が現れる。
「恥ずかしがってないで・・・こっち向きなよ、初めてじゃ・・・ないでしょ?」
「うるさい!テメーが俺の何を知ってる!?」
「知らないよ。今から知るんだから・・・」
そっと、指一本、腹部に降ろすとビクリと体が跳ねた。そのままゆっくりと胸の間を通って首筋をなぞる。怯えが分かる。
テコでも見ようとしないチップの顎を少し強引に持って、前を向かした。睨み返した眼光は弱い。

「・・・・・・・本気で初めてか?」
余りの様子に『ない』という確信が揺らめいた。

「ンなワケあるかよ!シャブ中の女なんて男にヤラれる為にあるようなモンだろ!!」


一度だけ聞いた過去。師匠と出会う前の荒れた生活。



「“優しく”されんのが初めてかい?」


フイっと、指から逃げ、膨れたように横を向く。
首元にキスをする。やられぱなしが嫌だったのか、横腹にゴッと膝が叩き込まれた。


「ッツ・・・・お前ねぇ・・・欲しいと思った女を少し強引な手ぇ使っても、抱きたいちゅーのは男の性なんだよ?
がっつりガンガンヤりてぇーが、ヤったら欲しいはずの女が、逃げちまう、傷つけちまう、泣かせちまう。
分かってっからせめて、壊れないように、優しく触れてだな、愛」

「分かった!!分かったから!!もう言うな!」





「恥ず・・・か・・・しい・・・」





目をつぶったまま、耳まで真っ赤だ。

言葉攻めとは本来、卑猥な言葉などでするものだが、彼女にとっては甘い言葉が羞恥ならしい。

「ちゃんと愛してあげるから、力抜きな。」

それでも止めてやらない。薄く開いた瞼が俺を睨んだ。
「・・・・・じゃあ・・・・・手とか外してくれよ・・・」
「隙見て逃げる気だろ、もうチョイ我慢しな。」
舌打ちが聞こえたが、気付かないフリをして、白い太ももへ口付けた。






さて、昔は緊縛師などという大御所がいたらしいが、俺は会った事はない。
書物を読んだ程度でさすがに実践できるとは思わなかった。


今の彼女の状況は、幅の広い腰紐でM字開脚の足首と手首を縫いとめ、背中に回した縛りで閉じれないようにした、
どちらかといえばSMの皮紐で固定されたに近い簡易的な自分流の縛りだ。


さすがに股から攻めるは可哀想かと、座らせて、後ろからうなじ・肩・背中へ触れるだけのキスと舌、指で一つ一つ堪能する。
いつしか、熱い息の中、小さな声が聞こえてきた。
「さて、お嬢ちゃん、まだお勉強だよ。日本語で“接吻”つうーんがある。漢字で”触れる“”吻(くち)”て書く。どうする事か、やってみ?」
「・・・・・」
さすがにしないかと思ったが、そっと闇慈の厚い胸板に倒れこんだ。顔はやはり赤いが、少し目が合った。
瞼を閉じると首を伸ばし、唇へ小さなキスを一つ。
あまりの可愛さに、そのまま押し倒したい感情になったが、グッと耐えて、「正解。」と同じようにキスを落とす。


体重を預けたままのチップの細い腰に手を添えて、そっと平で絞まった肉体を撫で上げると、丁度よい大きさの胸を寄せた。
小さな谷間に舌を這わす。

「乳房の“房”は花や果実なんかが成ってる様だ。
女の膨らんだ胸の美しさや子を育てる様をそう比喩した昔の人は凄いと思わないかい?」


今度は下に手を下ろしていく。滑らかな肌、頭髪よりも少し色の濃い、そして


「はぁ!!」


一段と大きく甘い声。


「ここは女陰(ほと)女の陰(かげ)。隠れた場所。」
「さ・・・触るな!!」
「女の隠れた心を探すのが男ってモンだ。」
頭を振り一段と暴れだすが、解けぬ手足、後ろから抱きかかえられた形で逃げられないまま、指が動くごとに音が大きくなる。






「ふ・・・ふ・・・」
少し涙目で、完全に力がなくなった細い体は闇慈の腕の中、早い吐息をしている。
指を引き抜くと、甘い蜜を舐め取った。チップに紅をすが如し、唇に透明の粘膜を塗ると、深く口付ける。


抵抗しない口内を好きに味合う。当たり前の様に糸が引きながら唇が離れた。

「背中に感じてるだろうケドさ・・・俺もそろそろお願いしたいんだ。」

いつも微笑んでいるような漆黒の黒が、真紅の瞳をそっと射抜いた。

「・・チップ・・・」

名前だけが低い真面目な声で囁かれた。闘いでは感じられないゾクリとした感情に襲われほんの少し身震いした。
コクリとオチる様に上下したそれに、優しい微笑をして、もう一度口付けが降りた。



背中から布団に下ろし、前に回ってきた闇慈と目が合うと、またソッポを向いた。

「ほら・・・“接吻”。」

渋々ながら、前を向くと少しだけ目を開けて、やはり触れるだけのキス。

「可愛いなあ・・・いつも殺気立ってないで、そうしてろよ。」

文句を言おうと口を開けた瞬間、「当てられた」。
驚きのままの顔が赤らみ、体内に入る違和感に顔を仰け反らした。

「いいねぇ・・・久々の極上の女の味・・・痛くねぇ?」
叫ばなかったから大丈夫かとも思ったが、声を掛けてみる。
聞こえぬほどの小さな、ストロークが長い喘ぎ。
「俺もチョット限界でね・・・少しだけ無理してもらうよ?」


蹂躙に近い一時を終え、最奥で止まると、キュウッと筋肉が締め付けた。
気を抜いた途端であったので思わず吐き出してしまいそうだったが、何とか、意地で耐え抜いた。

「痛くなかったかい?それとも良かったかい?」

答えそうにない、ひくつく彼女の腹を撫ぜる。
入れたままで、体を抱き起こすと苦痛のような悲鳴を一つした。自分の肩で息をするチップの頭に頬ずりをする。

「もう逃げられないよな・・・優しく優しく抱いてあげるから・・・全部よこしな。」

唯一つの方向に紐を引くとするりと全体の縛りが緩み、抜ける様に落ちた。
それでも開放された手足は、糸のないまま闇慈に預けられている。


軽い肉体を持ち上げ下ろすと、重力と方向性で、素直に全部飲み込んだ。
「・・・キ・・・ツイ・・・・」
ようやく、闇慈の肩に手をかけたチップが呻く。

「どっちがだい?お前さんだよ・・・こんなけ締め付けてくるのは・・・さぁ。」

完全に彼女の体重を腕だけで振り回しながら、音はどんどん加速されて行く。
「筋肉あるクセに柔肌で・・・内までスレンダーだわ・・・魂さえ・・・抜かれそうだよ・・・」
減らず口の中に少し、余裕がなさそうな声が混じっている事を聞き取ってか、顔を上げたチップに唇を寄せる。
今度は薄く開けたそこに深く。小さく甘い舌が伸ばされた。

貪欲に。
吸い寄せた。

離れた時には、トロリと胸の上まで垂れ落ちる。



「次世代の日本人(ジャパニーズ)、生んでくれるかい?」

ぱちぱちと聞こえるほど大きく瞬きを数度した。
言葉の理解をしたのか、赤い顔を沈めた。


そして、ただ、小さく・・・








「おや、明けの明星だね・・・」
あくびをして、白くなってきた空を寝たまま仰ぐ。
そっと隣で寝ているチップの頬をさわる。もう熱はなく冷たくも思える。
起きた時、輪をかけて真っ赤になって怒るのだろうなと思いながら、その細い体を抱きしめた。

「こんな男のどこが良いんだか。物好きがいてくれたもんだ。」








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無駄に長い・・・小説なんて3行で終われ・・・和服着てクルンクルンがしたかっただけだったはず・・・ナゼコンナコトニ・・・